第8回坂本龍一は「深い言葉の人」 ピアノの音と沈黙から生まれる記憶
坂本龍一さん=2018年12月、東京都内、関田航撮影 深い言葉の人で、新しい記憶を紡ぎ続けた――。翻訳家の早川敦子・津田塾大教授(65)は、音楽家の坂本龍一さん(享年71)をこう振り返ります。坂本さんとは、俳優吉永小百 [...] The post 第8回坂本龍一は「深い言葉の人」 ピアノの音と沈黙から生まれる記憶 appeared first on Japan Today.

深い言葉の人で、新しい記憶を紡ぎ続けた――。翻訳家の早川敦子・津田塾大教授(65)は、音楽家の坂本龍一さん(享年71)をこう振り返ります。坂本さんとは、俳優吉永小百合さんと一緒に原爆詩などを朗読する活動を企画してきました。深い親交から感じたことを聞きました。
サダコとオッペンハイマー
――坂本さんの三回忌を迎えました。
坂本さんとは、言葉を介してつながっていました。戦禍やまぬ世界の現在、国内外の政治の混乱、気候危機などなど、どう考える? 返答がないことが、とてもさびしいです。喪失感は、いまも心を覆います。
出会いは戦後65年の節目、2010年でした。吉永さんのライフワークでもある原爆詩の朗読に翻訳者として関わっていた私は、坂本さんがピアノ伴奏をされるという思いがけない機会を共有することになったのでした。
「オッペンハイマーの対極にサダコがいますよね」
私がそう言うと、彼はすぐに「サダコは広島の人間の象徴です」と返してきました。
彼は1999年に「LIFE」というオペラを上演して、その中には「原爆の父」と呼ばれた物理学者ロバート・オッペンハイマーのアリアという曲も入っています。演出では、スクリーンにオッペンハイマーが現れ、「今や我々は死となり、世界の破壊者となった」という言葉が繰り返されます。
白黒の映像が閃光(せんこう)のように脳裏に突き刺さりました。そのことを思い出して私は思わず「破壊者って誰?」と尋ねました。坂本さんは「人間なんだよ」と言いました。
オッペンハイマーは「世界の破壊者となった」と語ります。私たちに向き合う人間/悪魔の顔。言葉と音楽と映像が顕現化させる人間の姿は衝撃的でした。
一方、私は雑誌「世界」の2001年9月号の「ヒロシマ・ナガサキ―『空洞化』をどう超えるか」という特集で、原爆の子の像で知られる「サダコの物語」と文学の力について寄稿していました。坂本さんはこれを読んでくれていました。驚きとともに、すでに出会っていたのだと感じてうれしくなりました。
――サダコの物語ですか?
幼い頃に被爆し、白血病で12歳で亡くなった佐々木禎子さんで知られていますよね。禎子さんの物語は、日本から発信されたのではなく、文学の力で逆輸入で広がったのです。ドイツ出身でユダヤ系ジャーナリストのロベルト・ユンクが戦後、被爆の実相を知るために広島を訪れて被爆者を丹念に取材しました。その案内役をしたのが河本一郎さんでした。ユンクに被爆の後遺症で子どもたちが次々に亡くなっていく現実を話したのです。
心を動かされたユンクは、オーストリアで河本さんから聞いた禎子さんの話を記事にします。その記事を読んだオーストリアの売れっ子の児童文学作家、カール・ブルックナーが1961年に「サダコは生きる」というドイツ語の児童文学を書いたのです。その作品は20カ国語以上の言語に翻訳されて世界に広がり、遅れて日本でも知られるようになったのです。フィクションなので折り鶴の数は千羽まであとわずかに、と実際より少なくなっていますが。
言葉で歴史を超えるというこの論考を坂本さんが読んでくださっていたのです。
禎子はヒロシマの象徴であるけれども、やはり生きたひとりの人間、少女だった。象徴から生きた人間として引き戻す。そういう力が文学にはあります。「だから『サダコは生きる』は人の心を打つ」と伝えると、「わかる、わかるよ」と深くうなずいてくれました。その時、偉大な音楽家として遠景にいた坂本龍一が、すぐ近くのリアルな人間として私の意識に入ってきました。ここから、坂本さんと言葉を介してつながり始めました。
その後亡くなるまで実際に会って話す機会だけでなく折にふれてメールで言葉のやりとりが続きました。英語のこともあれば日本語のときもありましたが、その言葉はいつも丁寧で、言葉を選んで、自分の意図を伝えようとする思索の軌跡を共有してくれたのだと思います。
「新しい記憶」を創出し続けた
――言葉の領域からみるとどんな人でしたか?
彼は言葉に対して、とてもコンシャスな(意識的な)人でした。また、「新しい記憶」を創出し続けた人ではないかと考えています。
すでに起こった事実や物事を伝えるのは、ルポルタージュもあり、記念館や博物館にもキャプションとしての言葉は数多くあるけれど、それは普遍的な「記憶」ではない。彼が自身の言葉で「いま」語ることによって、歴史に「新しい記憶」が紡がれました。その一例が11年秋の英国オックスフォード大学での朗読会のときに彼が学生たちに向かって語った言葉でした。東日本大震災が起きた年です。
広島、長崎、福島でも苦悩とともに言葉は生まれた
大学のチャペルで、学生たち…
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