大抵のことは100m走のすごい描写で解決する 小原篤のアニマゲ丼

わずか10秒、全力で100mを走るシンプル極まりない競技に人生を懸ける男たちを描いた長編アニメ「ひゃくえむ。」が、19日公開されます。走りはアニメの華。宮崎駿監督「未来少年コナン」の弾むような走り。細田守監督「時をかける少女」の青春の疾走、原恵一監督「映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」の熱い突進、湯浅政明監督「MIND GAME」の異次元の狂奔、押山清高監督「ルックバック」のやけくそスキップ……。走りそのものを題材にした岩井澤健治監督の「ひゃくえむ。」にも、そんな走りの“爆発”を期待したのですが、キチッと堅実でクールで淡々。スタート前の、ドラマの幕開けを待つ静かなシーンが一番印象的でした。
原作は、「チ。―地球の運動について―」で手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞した魚豊さんの連載デビュー作ですが、私は未読。岩井澤監督は、7年半の個人制作を経て長編アニメ「音楽」(2020年公開)を完成させた後の、これが初の商業作品。「音楽」では、音を鳴らす楽しさという初期衝動に憑(つ)かれた不良3人組を描いた(20年1月20日の本欄「初期衝動には手を出すな!」参照)ので、「ひゃくえむ。」では「走る」という原始的な行為にトリップさせてくれるような高揚を期待したわけです。
- 初期衝動には手を出すな!
確かに「走り」を語るセリフはすごいです。小学生が「この世界にはすごく簡単なルールがある。大抵のことは100mを誰よりも速く走れば解決する」。小学生は50m走だろ!というツッコミはさておき、現にこの主人公トガシは「足の速さ」で友達も居場所も手に入れて快適な学校生活を送っているので、まあかわいいもんなんですが。雑誌の対談企画でトガシに中学陸上界のスター仁神(にがみ)が「その距離に生きると決めた以上、何があろうと諦めず走る。日々のレースが、人生を左右する」と大まじめにのたまうと、おいおい大丈夫か?となります。
この「走りに絡めて偉人か哲学者みたいに厳かに人生や世界のことわりを語る」は最後まで一貫します。陸上界トップに君臨する財津は、母校の高校での講演で後輩らに「私は生物です。いずれ死ぬ。二度と生まれてこない。(挑戦を続ける)理由はそれだけです」「人生は常に失う可能性に満ちている。そこに命の醍醐(だいご)味があります」。10年後の財津も「特別な高揚感」「極上の10秒」などと語りますが、問題は、これら大げさなセリフに見合うほどのレース描写ではないこと。逆に言えば、こんなセリフがなければたぶん普通によく出来たレース描写だと思えるんですが。
もう一つの問題は、私たち観…
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