見極め難しい「真実」 ミステリー作家が語る「思い込み」の危険性

新聞の片隅に載る、事件や事故の短い記事。こうした記事の背景に迫り、読み手の先入観を裏切っていく――。そんなミステリー短編集「今日未明」(徳間書店)が8月、出版された。著者の辻堂ゆめさん(32)は「真実の見極めが難しい時代」と語る。SNS時代の情報との向き合い方などを聞いた。
――新聞やテレビの報道について、どんな印象を持っていますか。
今の時代、信頼性のある情報がどこにあるのかを見つけるのが、ものすごく難しくなっていると思います。
SNSだけでは何が正しい情報かを判定できませんが、組織的に情報の裏どりをして提供してくれる新聞やテレビには、一定の信頼性を感じています。
――事件や事故の一報を伝える記事は「速報記事」と呼ばれます。
リアルタイムで出来事を多くの人に知らせる意味で、すごく重要で、私は速報記事を結構読んでいます。ただ、続報が出たことがわからなかったり、続報を読み逃してしまったりすることも多くて「もっと情報を知りたいのに……」ともどかしい思いをすることがあります。
――新聞やテレビでは、ニュースの背景を掘り下げて真相に迫ろうとする報道もあります。
読者はまず、速報記事を読んだ時に、あれこれと事件の背景を想像しますよね。
でも、掘り下げた記事を読んだときに、速報記事を読んで自分が想像した背景と全然違った、ということも少なくありません。
いつのまにか空気が醸成…
――小説「今日未明」はどんな作品なのでしょうか。
情報が限定的な短い記事を冒頭に示して、この話にはどんな背景があったのかに迫っていく構成になっています。
私はニュース記事に寄せられる世間の声が気になって、よく読むんです。ニュースサイトのコメント欄や、SNSでその記事を引用した人がどんな投稿をしているのかに興味があります。
速報のような情報が少ない記事にも、コメントは当然つきます。速報の段階では、逮捕された人をみんなが批判していたのに、新たな情報が出るにつれ「この人にも考慮すべき事情があったんだね」とか、急に手のひらを返すケースが結構あります。
でも、それって、なかなか危険なことですよね。ある人が、思い込みで意見を発信し、それがきっかけで、いつのまにか社会の空気が醸成されてしまう。現代社会の怖いところだと思います。
悩んだテーマ選び
――五つの短編では、児童虐待や介護、高齢ドライバーによる交通事故などを取り上げています。
一番悩んだのが、テーマ選びでした。小説では、世間のイメージが固定化しているニュースを取り上げ、そのイメージが壊れていく展開を意識しました。
短い記事でも、必ず生の人間が存在します。事件であれば、犯人がいて、被害者がいる。どんな感情の揺らぎがあって、事件に至ったのかをリアルに近い形で描いてみたいと思いました。
SNSなどで誰でも情報を発信できるようになりました。でも、「何が真実か」の見極めが難しくなっていると感じます。断片的な情報に踊らされ、その情報を信じてしまう人もいます。作品を読んで、自分の思い込みに少しでも気づいてもらえたら、うれしいです。
正しい情報を得るのが難しい時代で、自分の周りにいる人や、いつも見るユーチューブやSNSでの意見に染まってしまっていないか。私自身も気をつけなければいけないと思っています。
デビュー10年、今後は
――大学在学中にデビューして、今年で10年になります。
私は高校生の時に、湊かなえさんの小説「告白」を読んで、衝撃を受けました。教え子に娘を奪われた中学教師の復讐(ふくしゅう)を描く物語で、ミステリーの面白さに気づかせてくれました。それ以来、エンターテインメントとして読者を驚かせる部分と、私なりに人間模様を描くことを両立させる作品を書きたいと思って今に至っています。
デビューまもない時は「世の中は汚いものがあふれているから、私の小説の中だけでも、きれいであってほしい」と思っていました。でも、最近は「世の中はままならないものだから、ままならなさをそのまま書こう」と思うようになりました。
ミステリー小説を土台にしつつ、その時々に一番興味がある、面白いと思ったテーマを書き続けていきたいですね。
辻堂ゆめさんの略歴
つじどう・ゆめ 1992年生まれ。無戸籍問題をテーマにしたミステリー小説「トリカゴ」(東京創元社)で大藪春彦賞を2022年に受賞。高校で起きた教師誘拐事件を描いたミステリー小説「卒業タイムリミット」(双葉社)はNHKで連続ドラマ化された。
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