作家の小川洋子さん 日記とは「一対一で自分を耕す孤独の時間」

【GLOBE特集】日記のひみつ(2)=全6回

 いま、日記が静かなブームだ。書いたり、読んだり、出版したり。SNSで公開する人もいて、こうしたコミュニティーはネット上で俗に「日記界隈(かいわい)」とも呼ばれる。少女時代に読んだ「アンネの日記」が「物書きの原点」と公言している作家の小川洋子さん(64)。日記とは「自分が偶然によって生かされていることを確認する作業」だと語る。

写真・図版
「物を書くのは肉体的な作業。筆記用具と紙が音を立てて、だんだん手も疲れていく。そうした肉体的な経験とセットにならないとなかなか記憶には定着しないものです」=2026年9月15日、東京都千代田区、星野眞三雄撮影

おがわ・ようこ 1962年、岡山県生まれ。1991年「妊娠カレンダー」で芥川賞受賞。「博士の愛した数式」で読売文学賞、本屋大賞。他に「小川洋子が読みとく『アンネの日記』」「薬指の標本」「いつも彼らはどこかに」など。海外でも翻訳されている。

天性の作家だったアンネ

――「アンネの日記」について、常々「物を書き始める原点」だと発言されてきました。改めて、出会いを教えてください。

 13、14歳のころ、本を読むのが好きで、自分もぼんやり「何か書きたいな」とは思っていても、どう手をつけていいかわからない状態のときに「アンネの日記」を手に取りました。命の危険にさらされた状況の中でも、アンネが小さなノート1冊の中に自由を得られていることに驚きました。アンネの状況とは比べものになりませんが、小さな田舎町で「自由になりたい」ともがいている思春期の私にとっても、日記は親や先生と距離をとって自分だけの世界に逃げ込める場所でした。

 作家人生を振り返ると、私の小説は、島や病室、チェス盤など、閉じられた世界が舞台になってきたのですが、これは隠れ家に閉じ込められていた「アンネの日記」が出発点だったかもしれません。

写真・図版
「アンネの日記」に触発されて10代のころに書き始めた日記は、「実家じまいで発見し、怖くて捨てました」=2026年9月15日、東京都千代田区、板垣麻衣子撮影

 自分が死の床についた時に枕元に置いておいてほしい本はと聞かれたら「アンネの日記」と答えますが、一生のうちにそんな本に出会えたことは幸運でした。

――アンネが13歳の誕生日にもらった赤いチェックの日記帳を「キティー」と名付けたことも有名な話です。

 つい「隠れ家で友達と会えないから架空の友達を作ったのだろう」と想像してしまいますが、この日記は隠れ家に入る前から書き始めているので、そうではないんですね。

写真・図版
アンネの日記=アンネ・フランク・ハウス提供

 あまり考えずに取った行動のようですが、そういうところからもアンネは天性の作家だったと思います。「キティー」という想定読者がいることで文章に客観性が生まれ、単なる愚痴や泣き言になりそうな出来事も「他者に分かってもらうためにはどうしたらいいか」という視点で書けるからです。だからそこにはユーモアが生まれるし、作家にとって一番大事な観察眼を直感的に見抜いているんですね。

――「アンネの日記」に出会ったことをきっかけにご自身でも日記を書かれたそうですね。

 大学ノートに日記を書くようになりましたが、アンネのように豊かな表現はできないし、「言葉っていうのは、自由だけど難しいな」と思い知る体験でもありました。本を読んで感動した場面を書き写して、まるで自分が書いたかのような錯覚に陥って喜んだり。貴重な言葉との戯れの時間でした。

写真・図版
小川洋子さんが現在つけている日誌(画像の一部を加工しています)=2026年9月15日、東京都千代田区、星野眞三雄撮影

 大人になって小説を発表するようになってからは、日記を書く必要性がなくなり、今は手帳に日誌を書いています。子供の頃に日記を書いていたことと小説を書くという行為は地続きなので、今は日記は書いていないかわりに、小説は書いているということですね。

孤独の中で一日を振り返る幸福

――ここ数年、若い人の間で日記が見直されているそうです。

 現代社会では、いろんな情報をできるだけ効率よくたくさん取得した人が得しているという価値観ですから、周囲の雑音から離れたシェルターのような場所で自分と一対一になる静かな時間を得られることの貴重さに気づき始めたのかもしれませんね。平安の時代から、人間はそうやって孤独な時間の中で自分を耕してきたんだろうなと思うんですけど、一種孤独であることが心地いい時間が、日記を書くことで得られるんでしょう。

 日にちや天気を書いて、すで…

The post 作家の小川洋子さん 日記とは「一対一で自分を耕す孤独の時間」 appeared first on Japan Today.